■ 大和田崇の「音楽コラム」


次回予告

『 音楽と語学 習得に多くの共通点 

 


『 今聴いている曲、本当にあなたが選んだ音楽ですか? 』

 

 流行りとかヒットチャートとか、そういう感覚を取り去った時、みなさんは自分が大好きだといえる音楽がどれだけありますか? いつ何処にいても音楽が聞こえてくる、ともすると音楽に溺れてしまいそうな毎日ですが、「琴線に触れる」ということに価値を置いて情報量を絞り込んでいくと、本当に好きな自分らしい音楽が見えてくるような気がします。

 

 それは思い出の中に見つかる場合もあるでしょう。幼い頃に親しんだ歌だったり、涙を流した歌詞だったり、鳥肌が立った音だったり。素直なところにずっと引っ掛かっていた音を恥ずかしがらずに両手ですくい上げてみて下さい。その両手には「自己投影」できる音楽があるはずです。

 

「自己投影」とは、見たものや受けた刺激などを理解する際に、その時の自分の心理状態や人格特性などが反映されること。やや「感情移入」に似ている心理です。人は音楽の中に自分を探し、その時々の自分自身に出会いたいのです。友人のお薦めや繰り返される主題歌とは一線を画す音楽との出会い方、時間を要しますが宝探しのようでワクワクします。

 

情熱的で騒がしい音楽 = 若者の心境

穏やかで落ち着いている音楽 = 大人の心境

 

 こう考えてみても、例外はともかく必然性、嗜好性としては強ち外れてはいないようです。さて、今のあなたはいったいどんな音楽に自己投影すれば幸福感を得られるでしょう。


『 演奏の95%は練習時間である 』 ~楽器上達の心得~

 

 よくあるインタビューで、凄腕ミュージシャンに「かなり練習したんじゃないですか?」と聞くと「全然してないですよ!」という回答が。でも練習しなければ弾けるようにはなりません。大抵のミュージシャンは「練習した~」という意識がないのです。楽器を弾くこと自体が楽しいこと、好きだからこそ貪欲に挑戦したり遊んだりするものです。大好きな楽器と一緒に過ごした楽しい時間、それが結果的に練習となっているようです。

 

 そうは言っても練習意識はやはり必要不可欠。彼らは多くの時間を割き、質の良い練習を重ねた結果良い演奏ができているわけです。つまり「練習」が上手いから「演奏」が上手いのです。あなたの可能性を開花させることも、枯らせてしまうこともその時間の使い方、練習の仕方次第と言っても過言ではありません。ではどんな練習法が効果的なのかを考えていきましょう。

 

 

 

【 成果を上げる練習法 】

 

 

1. 演奏上のポイントを守った正しい奏法を繰り返す(体に馴染ませる!)

 

2. フレーズを心の中で歌い、それを演奏に反映させていく(楽器も歌心!)

 

3. 正確なリズムでゆっくり始め、徐々にスピードを上げる(律動を掴む!)

 

4. ヴァリエーションや応用を考え、自分なりに工夫する(一歩先へ!)

 

5. 目標達成した自分に憧れを持ち、自己実現の喜びを知る(推進力!)

 

 

 

 これらのことを自分に厳しく実践することが大切です。また、自分の演奏を録音し客観的にチェックしてみることをお薦めします。演奏中(主観)ではなかなか気付くことの出来ない新たな課題はもちろん、自信や適性をも見出すことができるでしょう。

 

 練習というのは、時には苦痛に感じるかもしれませんが、だらだらと長時間に渡って弾き続けてもあまり成果が見込めません。やはり短時間でも集中している時にこそ身に付くものなのです。なかなかレベルアップを実感できなくても演奏のポイントをしっかり守っていれば心配はいりません。ある時点でふと自分の上達に気付かされたりするものです。それは積み重ねてきた練習が自然と演奏に表れた嬉しい瞬間ですね。

 

 テクニックというのはそういうもので永い目で見る必要があります。だからといってテクニックばかりに執着してしまっては音楽がつまらないものになりかねません。響きや情緒を感じ、楽しんで演奏することを忘れないで下さい。「練習は厳格に」でも「演奏は自由に」これが理想です。また、優れた演奏を見たり聴いたりする機会を増やすこと、さらに自分の演奏を発表することも上達する上でとても大切な要素になりますので積極的にチャレンジして下さい。

 

 これはどんなことにも言えますが、「基本」は上達や個性の土台となり「慣れ」にも勝るとても大切なものです。是非今からでも前述のことを実践してみて下さい。確実に差がついてくるはずです。そしていつまでも心が元気になるような音楽を愛奏しながらこれからもお互い楽しく学んでいきましょう。それではご健闘をお祈りします!


『 表現は人生の必修単位 

 

「このメロディには、ベートーベンの苦悩や哀しみが込められています。もっとその気持ちに寄り添った演奏を心掛けましょう」

 

 ピアノレッスンで聞こえてきそうな先生の言葉です。これは楽譜には表記されていない情緒的表現の指導で、クラシック音楽に多く見られる「再現演奏」では重要なテーマとなります。(ここでは「再現演奏」=「記譜された音符や演奏技法を忠実に再現した演奏」と仮定)このようにピアニストが楽譜以上の部分をも踏まえ作曲家になりきろうとすることは、俳優が台本を読んでその役に入り込もうとすることに似ていますね。(専門的には「芸術的逸脱」という)

 

 一方ジャズやブルースの場合、「即興演奏」が中心となるセッション音楽のため、どれだけ自分らしさを表現できるかということがテーマになります。同時に、状況に応じて気の利いた演奏をすることが求められます。タレントが台本にない突然の振りにもアドリブで上手く対処する感じでしょうか。即興演奏は「速い作曲」と言い換えることもできますね。クリエイティヴに演奏できれば音楽性は更に高まり、思い通りに演奏できれば個性を確立していくでしょう。

 

 同じ表現でも再現演奏と即興演奏とでは音楽に対する姿勢、精神がそもそも違っています。作曲には模倣と創造があり、演奏には再現と即興があり、これらが複雑に入り交じって音楽が構成されているというのが実際です。

 流暢な英語を話す日本人を見れば「格好いい」「羨ましい」と思うように、上手いアドリブ演奏を聴けば「格好いい」「楽しそう」と感じるでしょう。これは自己表現のアドバンテージとして誰しも憧れる能力だからです。

 

 SNSのタイムラインなどでは、自分を飾り立てる人、胸の内を吐露する人、何かを批評する人をよく見かけます。こういった自己顕示や承認欲求も表現のひとつですが、確かなのは、理想の自分を作り上げるよりも今の素の自分を見せることの方が幸せだということ。シンガーソングライターはそれをメロディに乗せることで照れを隠し人の心に届き易くしています。「作詞」ではなく「産詞」の中にある真実が私たちの心に響くのです。

 

 やはり表現するということは生き甲斐レベルの手続きなのだと思います。正解はありませんが、恥ずかしがらずに自分を表現できたのなら、人生の必修単位を取得したも同然なのです。これらすべてのことを可能にするツール、それが音楽です。


『 音楽ってなんだろう 』

 

 私は今まで「音楽は嫌いだ」という人に会ったことがありません。いったい何故なんでしょう。古代ギリシャの哲学者プラトンは「音楽は、世界に魂を、心に翼を、想像力に飛翔を、哀しみに魅力を与える」という言葉を残しました。また、「肉体には体育を、精神には音楽を」という言葉も古くからあったそうです。これは現代でも教育の2大モットーとされています。学術的な裏付けがない頃から音楽は人と密接に関係し、心を育むものだということがわかっていたんですね。

 

 音楽を楽しむこと、音楽を通してコミュニケーションをとることは、言葉、文化、障がい、時間をも越えて共有できるのですから、こんなに素晴らしいものはありません。私はこれからも、一生を懸けて音楽と向き合い、その恩恵を享受していこうと思います。

 

 まだまだ説明がつかない音楽心理作用はたくさんあります。昨今、音楽の可能性は見直され、今もなお研究、発展を続けています。