■ 大和田崇の「音楽コラム」


次回予告

『 音楽よりも、音楽以外のものに影響された音楽の方が素敵だったりする 

 


『 音楽と語学 習得に多くの共通点 

 

  「世界の共通語」と聞いて皆さんはそれが何だと思いますか?汎用性が高い英語?母国を持たないエスペラント語?または非言語であるボディランゲージ?どれも正解だと思いますが、やはり「音楽」を連想された方も多いのではないでしょうか。

 

 「言語」は、国によって話す言葉の種類こそ違いますが、音声や文字によって『①リアルタイムに意思の疎通』ができます。例えそれが『②過去に記録された』映画や書物だとしても物語や歴史を『③知ること』ができるでしょう。

 

「音楽」の場合も同様です。音の表現の仕方によって『①リアルタイムに意思の疎通』ができます。これは非言語コミュニケーションと言って、表情のように心を通わせることができるのです。例えそれが『②過去に記録された』レコードだとしても、そこに表現された音や精神などのメッセージは国境や時代をも越えて『③知ること』ができるでしょう。

 

 この「言語」と「音楽」には前述のそれぞれの番号ように存在自体に大きな共通点があります。そのため習得法にもやはり多くの共通点があるのです。そこで今回は、音楽を語学に置き換えて言語習得のイメージで「音学」してみたいと思います。

 

 ではまず「演奏=話す」と考えてみましょう。これに倣って「ドレミファソ=あいうえお」とすると、「フレーズ=単語」となり、「楽曲=物語」というように置き換えられます。つまり「音楽を上手に演奏する」ということは「文章を滑舌よく話す」ということになるわけです。また、音楽にはジャンルが多様に存在しますが、これはその地に根付く方言のようなものなので「ジャンル=方言」と考えれば理解し易いと思います。ラテンなまり、演歌なまり、ジャズ弁、オペラ弁といった具合です。

 

 それでは『①自由に即興で話す』ためにはどうすれば良いのか。最も自然な勉強法は挨拶程度の簡単な日常会話から身に付けていくことです。『②あ行』とか『③か行』などの『④五十音』は考えず、シンプルに『⑤こんにちは〜ありがと〜』と真似て発声していけば良いのです。話し始めた子供に文法なんてまだ必要ありません。いずれは自由に会話ができるようになりますよね。

 

 ではこのことを音楽で考えてみましょう。『①自由にアドリブ演奏をする』ためにはどうすれば良いのか。最も自然な勉強法はブルースなどで簡単な常套フレーズから身につけていくことです。『②メジャースケール』とか『③ペンタトニックスケール』などの『④12音階』は考えず、シンプルに『⑤ドミレソ〜などのフレーズ』を真似て発音していけば良いのです。そのうち自然とフレーズが浮かんでくるようになります。と、こう考えればしっくりくるのではないでしょうか。弾くのが先、勉強は後です。

 

 みなさんはどうですか?アドリブと聞いて真っ先にペンタトニックやメジャースケールを練習していませんか?それは語学でいうと、会話と聞いて真っ先にアイウエオ、カキクケコと練習しているのと同じことなんです。日常会話ができるようになった後に文章を読み、書き、話すように、演奏技術が身に付いた後に楽譜を読み、書き、演奏します。文法も楽典も後で学ぶからわかるのです。(とはいえ知識で頭をいっぱいにするのは避けましょう。話す時は知識よりも感性が大切ですから)

 

 楽器を習得するイメージ、それはなんとなく英会話習得のイメージに近いような気がしてきませんか?海外旅行で片言の英語を話すように、まずはモノマネ感覚でどんどん発声していくことが演奏力アップの秘訣です。上手く話せなくても大丈夫、字が読めない子供が言葉を話し始めた頃のように、あなたも耳を頼りにどんどん楽器でお喋りしていきましょう。Don't be shy!


『 ES-335というギターとの再会 

 

 2022年秋、いまだコロナの影響があり(第8波直前)、あらゆる分野で予定通りにことが進まないという見通しの悪い社会情勢は続いていた。自分も例外ではなく今の生活が激変し、ギターを手放さなくてはならない、欲しかったギターも入手困難なんて日が来るかも知れない。もう若くはないしギターを弾いていられる時間だってどんどん減っていく、そんなことが頭をよぎる。半分は高額な買い物の正当性を保つための言い訳なのかもしれない。

 

 ウッドショックやら人材不足やら工場の一時停止など、価格高騰が止まらない楽器業界もあって、このまま買い控えしていたら欲しかったギターと本当に出会えないままだ。そんな焦りを感じながら、このところ時間があればネットで妥協しない大本命のギターをリサーチしていた。となればやはり安い買い物ではない。コロナの影響で収入が激減している中、下取りも考えての品定めということで、気分は不安と期待のグラデーション。。。

 

 そんな折、「お、あった!?」渋谷の楽器店に理想的な一本があるではないか。早速メールで詳細写真を送ってもらい商談中に。後日、嫁と犬を乗せていそいそと渋谷へ。なぜ犬も?って、自然を歩かせる事はあっても都会を歩かせた事はなかったからだ。ついでに大先輩の忠犬ハチ公と愛犬が一緒の写真も撮りたかった。犬の話はさておき、、、

 

 Gibsonというと、今でこそ一般のアマチュアや何なら学生たちでも持っているギターだが、私達の世代ではGibson、Fender、Martin等の輸入ギターはプロが持つギターという認識だった。アマチュアはといえばFernandes、FenderJapan、AriaProII、Greco等のコピーモデルだ。一握りの良いとこの息子が本物を持っているという時代であった。

 

 25年くらい前だろうか、私が新宿の楽器店でバイトをしていた頃にレギュラーラインの335を分割で買ったが、20代半ばになってお金にゆとりもなく、335のポテンシャルをうまく引き出せていなかっただろううちに手放してしまった。若さとは未熟だ。でも今度は違う、当時とは色々違うのだ。バルトリーニが乗ったAthleteのセミアコもElitist Casinoも弾き込んできたし、ヒスコレの335は何十本も試奏してきた。カールトンの生音もブルーノートで聴いた耳だ。

 

 と、色々回想しながらようやく楽器店に到着。この店の335の在庫品はレギュラー、ヒスコレ(カスタムショップ)、特価品中古品、マーフィーラボ、ヴィンテージまで勢揃いだ。目移りしてしまうが私が欲しかったのは'63仕様の中古品のこの子。ついに試奏の時がやってきた。やはり店頭品は弦高が高くて弾きにくそうだが、まずは色々とコンディションを見ていく、、、

 

 「指板黒め、ネックの状態、握りもいい感じ。ギブソン特有の甘いバニラ風の香りがぷんぷんする。慣れない個体で思わずピッキングが強くなるが、、、レスポンスがいい、やっぱり'59とは違う鳴り。電気系統は、、、おっとボリュームにガリが出たのでコレは交換してもらってと(今日持って帰れないじゃん!)。さて、いつものフレーズで音のバランス、輪郭なんかを、、、うん、いい感じのトーン!サドルは要調整だけど、サンバーストも丁寧だし、、、(後略/実際はマニアックな部分まで猛チェック!)決めた!335はこの子で最後にしよう!」

 

 こうして出会った335に、愛犬と買いに行ったという最初の思い出を詰め込んで大切に購入。そして手元に届いたその日から早速セットアップを始め、楽器との対話が毎晩のように朝まで続いた。ギターを置くタイミングが見つからないのは、自分が楽器を育てているわけではなく、歴史ある楽器に育ててもらっている至福の時間だからだ。これが楽器に対する私のスタンスであり、今もレッスンの後は一音一音を噛みしめながら贅沢な演奏タイムを満喫している。

 

 「先に感謝」という大切な言葉を思い出した。色々なことに感謝しなければならない。愚痴の1つも溢さずにクレープを食べて待っていてくれた嫁にも、すこぶる接しやすかったベテラン楽器店員さんにも、この楽器を組み上げてくれたギブソンルシアーの方々にも感謝が止まらない。もちろん犬にもだ。私が生きている限り所有し、いつか受け継がれるその日まで愛奏することになるだろう。心からありがとう。


『 今聴いている曲、本当にあなたが選んだ音楽ですか? 』

 

 流行りとかヒットチャートとか、そういう感覚を取り去った時、みなさんは自分が大好きだといえる音楽がどれだけありますか? いつ何処にいても音楽が聞こえてくる、ともすると音楽に溺れてしまいそうな毎日ですが、「琴線に触れる」ということに価値を置いて情報量を絞り込んでいくと、本当に好きな自分らしい音楽が見えてくるような気がします。

 

 それは思い出の中に見つかる場合もあるでしょう。幼い頃に親しんだ歌だったり、涙を流した歌詞だったり、鳥肌が立った音だったり。素直なところにずっと引っ掛かっていた音を恥ずかしがらずに両手ですくい上げてみて下さい。その両手には「自己投影」できる音楽があるはずです。

 

「自己投影」とは、見たものや受けた刺激などを理解する際に、その時の自分の心理状態や人格特性などが反映されること。音楽を聴く上では「感情移入」に似た心理です。人は音楽の中に自分を探し、その時々の自分自身に出会いたいのかもしれません。インターネットミームや繰り返される主題歌との出会い方とは違った自ら発見する音楽との出会い、時間を要しますが宝探しのようでワクワクしませんか?音楽も人生も「自分探し」、見つからなければつまらないし見つけたらハッピーになれるのです。例えば、

 

 

 ▪️元気な時(若者の心境)

  【曲調】弾けるような躍動感、流行

  【歌詞】期待、不安、恋心

 

 ▪️疲れた時(大人の心境)

  【曲調】穏やかで落ち着いたムード、お洒落

  【歌詞】平和的、懐古的、愛情

 

 

 こう考えてみると、例外はともかくこのような必然性、嗜好性が見えてきませんか。さて、今のあなたはいったいどんな音楽に自己投影すれば幸福感を得られるでしょう。


『 演奏の95%は練習時間である 』 ~楽器上達の心得~

 

 よくあるインタビューで、凄腕ミュージシャンに「かなり練習したんじゃないですか?」と聞くと「全然してないですよ!」という回答が。でも練習しなければ弾けるようにはなりません。大抵のミュージシャンは「練習した~」という意識がないのです。楽器を弾くこと自体が楽しいこと、好きだからこそ貪欲に挑戦したり遊んだりするものです。大好きな楽器と一緒に過ごした楽しい時間、それが結果的に練習となっているようです。

 

 そうは言っても練習意識はやはり必要不可欠。彼らは多くの時間を割き、質の良い練習を重ねた結果良い演奏ができているわけです。つまり「練習」が上手いから「演奏」が上手いのです。あなたの可能性を開花させることも、枯らせてしまうこともその時間の使い方、練習の仕方次第と言っても過言ではありません。ではどんな練習法が効果的なのかを考えていきましょう。

 

 

 

【 成果を上げる練習法 】

 

 

1. 演奏上のポイントを守った正しい奏法を繰り返す(体に馴染ませる!)

 

2. フレーズを心の中で歌い、それを演奏に反映させていく(楽器も歌心!)

 

3. 正確なリズムでゆっくり始め、徐々にスピードを上げる(律動を掴む!)

 

4. ヴァリエーションや応用を考え、自分なりに工夫する(一歩先へ!)

 

5. 目標達成した自分に憧れを持ち、自己実現の喜びを知る(推進力!)

 

 

 

 これらのことを自分に厳しく実践することが大切です。また、自分の演奏を録音し客観的にチェックしてみることをお薦めします。演奏中(主観)ではなかなか気付くことの出来ない新たな課題はもちろん、自信や適性をも見出すことができるでしょう。

 

 練習というのは、時には苦痛に感じるかもしれませんが、だらだらと長時間に渡って弾き続けてもあまり成果が見込めません。やはり短時間でも集中している時にこそ身に付くものなのです。なかなかレベルアップを実感できなくても演奏のポイントをしっかり守っていれば心配はいりません。ある時点でふと自分の上達に気付かされたりするものです。それは積み重ねてきた練習が自然と演奏に表れた嬉しい瞬間ですね。

 

 テクニックというのはそういうもので永い目で見る必要があります。だからといってテクニックばかりに執着してしまっては音楽がつまらないものになりかねません。響きや情緒を感じ、楽しんで演奏することを忘れないで下さい。「練習は厳格に」でも「演奏は自由に」これが理想です。また、優れた演奏を見たり聴いたりする機会を増やすこと、さらに自分の演奏を発表することも上達する上でとても大切な要素になりますので積極的にチャレンジして下さい。

 

 これはどんなことにも言えますが、「基本」は上達や個性の土台となり「慣れ」にも勝るとても大切なものです。是非今からでも前述のことを実践してみて下さい。確実に差がついてくるはずです。そしていつまでも心が元気になるような音楽を愛奏しながらこれからもお互い楽しく学んでいきましょう!


『 自分を表現するということ 

 

「このメロディには、ベートーベンの苦悩や哀しみが込められています。もっとその気持ちに寄り添った演奏を心掛けましょう」

 

 ピアノレッスンで聞こえてきそうな先生の言葉です。これは楽譜には表記されていない情緒的表現の指導で、クラシックの基本スタイルにある「再現音楽」では重要なテーマとなります。このようにピアニストが楽譜以上の部分を想像し作曲者になりきろうとする(自分から離れる)ことは、俳優が台本を読んでその役に入り込もうとすることに似ていますね。(専門的には「芸術的逸脱」という)

 

 一方ジャズやブルースの場合、「即興演奏」が中心となるセッション音楽のためどれだけ自分らしさを表現できるか(自分に近づく)ということがテーマになります。同時に、気の利いた演奏が求められますので状況に応じた作曲を瞬時に行う必要があります。創造性に富んだ演奏ができれば音楽性は更に高まり、思い通りに演奏できれば個性を確立していくでしょう。

 

 作曲には模倣と創造があり、演奏には再現と即興があります。同じ表現でも再現演奏と即興演奏とでは音楽に対する姿勢がそもそも違っています。しかし実際はこれらが複雑に入り交じって音楽が構成され表現されているのです。

 

 SNSや動画サイトを見ると、趣味や得意分野を活かしてそれぞれが自分のスタイルで配信していますよね。承認や顕示の欲求、あるいは収入のためかも知れませんが、このコラムも然り、ゲーム実況、ペット自慢、レジャー体験など、音楽に限らず様々な分野で模倣と創造、再現と即興が繰り返されています。

 

 そうした表現を受け取る側は、作り上げる技術に「関心」したとしてもあまり「感動」はしないものです。「作られたもの」ではなく「産まれたもの」の中にある真実に心を奪われ、またそれを求めているからでしょう。裏を返せば、理想の自分を作り上げて羨ましがられるよりも、素の自分を認めてもらえることが表現者にとって何より幸せで生きやすいということなのです。

 

 ただそれでも自分が持っていない「自己表現のアドバンテージ」には憧れがあります。流暢な英語を話す日本人を見た時に「かっこいい」「自分もああなりたい」「勉強しようかな」と思いませんか?私は今でもミュージシャンの見事な演奏を聴いた時にはやはり同じような感情を抱きます。「マネしたい」から始まる一歩先への欲求、自分への期待です。人は日常的に何かしらのアドバンテージを欲しがっては生き残ろうと踠いているのかも知れません。

 

 ちょっと話が逸れましたが、表現するということはまさに生きていることの証、自己実現そのもので人生において極めて重要な手続きだといえます。難しいことではありません、恥ずかしがらずに自分の何かを表現できれば、あなたも人生の必修単位を取得したことになるでしょう。音楽(芸術)の存在意義はそれを手助けしてくれることにあると言っても良いと思います。

 

 言語以上の自己表現を可能にするツール、それが音楽であり、表現こそ音楽の正体なのかもしれません。


『 音楽ってなんだろう 』

 

 私は今まで「音楽は嫌いだ」という人に会ったことがありません。いったい何故なんでしょう。古代ギリシャの哲学者プラトンは「音楽は、世界に魂を、心に翼を、想像力に飛翔を、哀しみに魅力を与える」という言葉を残しました。また、「肉体には体育を、精神には音楽を」という言葉も古くからあったそうです。これは現代でも教育の2大モットーとされています。学術的な裏付けがない頃から音楽は人と密接に関係し、心を育むものだということがわかっていたんですね。

 

 音楽を楽しむこと、音楽を通してコミュニケーションをとることは、言葉、文化、障がい、時間をも越えて共有できるのですから、こんなに素晴らしいものはありません。

 

 「芸術は永い、人生は短い」こんな言葉もよく耳にしますが、私はこれからも一生を懸けて音楽と向き合い、その恩恵を享受していこうと思います。

 

 説明がつかない音楽心理作用はまだまだたくさんあります。昨今、音楽の可能性は見直され、今もなお研究、発展を続けています。